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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)2813号 判決 1971年4月22日

原告 矢ヶ崎正六

右訴訟代理人弁護士 佐瀬昌三

右同 井出雄介

右訴訟復代理人弁護士 山崎

右同 溝淵道浩

被告 高野正夫

右訴訟代理人弁護士 富永義政

右同 楠本博志

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

1  別紙目録記載の建物は原告の所有であることを確認する。

2  被告は原告に対し、右建物について、昭和四二年一〇月九日東京法務局北出張所受付第三六六四五号をもってなされた代物弁済を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

との判決。

二、被告

主文同旨の判決。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

(一)  別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という)は原告の所有であるところ、本件建物につき昭和四二年一〇月九日東京法務局北出張所受付第三六六四五号をもって被告を取得者とする代物弁済を原因とする所有権移転登記がなされている。

(二)  しかし、原告は被告との間で、本件建物につき代物弁済契約を締結したことがなく、従って、右登記は何ら実体の権利なくしてなされた無効のものである。

(三)  よって、原告は被告に対し、本件建物が原告の所有であることの確認および右所有権移転登記の抹消登記手続を求める。

二、被告の答弁

(一)  請求の原因(一)項中、原告が本件建物を所有していたことがあること、本件建物につき原告主張の内容の登記がなされていることは認めるが、原告が本件建物を現に所有するものであるとの点は否認する。

(二)  同(二)項は否認する。

三、被告の抗弁

(一)  原告は昭和四二年七月中旬頃、本件建物を担保に第三者から金員の借入れをすることを訴外本間正次に委任してその旨の代理権を与え、本件建物の所有権移転登記手続に必要な本件建物の登記済権利証、原告名義の白紙委任状および印鑑証明書を交付した。

(二)  右委任を受けた訴外本間は、昭和四二年八月一二日被告の妻高野茂を通じ被告に対し、本件建物を担保に一〇〇万円の借入れを申入れた。

被告は手持資金がなかったので、右申入れを一旦断ったのであるが、当時被告の経営する有限会社高政商店が訴外本間に対して同日現在で合計三二万五〇〇〇円の貸金債権を有していたところ、訴外本間から、原告の一〇〇万円の借入れができたときは、そのうちの四〇万円を同訴外人において利用してもよいことに原告と話がついているので、その借受金のうちから高政商店に対する右債務を弁済するようにするから、他から金策してでも是非貸して貰いたい旨言われて懇請されたのでこれを承諾し、本件建物の登記済権利証、原告の白紙委任状、印鑑証明書の交付を受けた。なお、その際、訴外本間は被告との間で、債務の支払を怠ったときは、本件建物を代物弁済により取得してもよい旨合意した。

(三)  そこで、被告は訴外早川澄から一〇〇万円の融資を受けたうえ、同月一四日原告の代理人である訴外本間との間で、貸付金一〇〇万円、弁済期日同年九月二八日とし、原告において右期日までに弁済しない場合は本件建物を代物弁済により所有権移転する旨約定し、同日訴外本間に対し、右貸付金一〇〇万円のうち訴外早川から前利息として天引された七万五〇〇〇円および訴外本間の有限会社高政商店に対する前記債務弁済金三二万五〇〇〇円を控除した残金六〇万円を交付して貸渡した。

ところが、原告は右弁済期日に右借受金の弁済をしないので、被告は原告に対し、右弁済を同年一〇月八日までに弁済しないときは、約定に基づき代物弁済として本件建物の所有権を取得する旨の意思表示をした。しかるに、原告は右期日を経過するもその弁済をしないから、右期日の経過をもって本件建物の所有権は被告に帰属するに至り、被告は原告の代理人である訴外本間を通じ交付を受けた前記白紙委任状、印鑑証明書および登記済権利証に基づき、本件建物につき代物弁済を原因として被告に対する所有権移転登記手続を経由した。

(四)  かりに、原告が訴外本間に対し、被告との間に前記約定による消費貸借契約を締結する権限を授与していないとしても、次のとおり、被告に民法一一〇条の表見代理の責任があるから、被告は原告に対する前記契約上の義務を免れないというべきである。すなわち、

1 原告は訴外本間に対し、土地購入資金の一部として二〇万円を金融機関から借入れることを依頼し、借入れのため本件建物に担保権を設定させる目的で原告の白紙委任状、印鑑証明書および本件建物の登記済権利証を交付した。

2 訴外本間は右代理権限の範囲を超え、被告に対し一〇〇万円の金借の申込みをし、被告との間に、前記約定のとおりの金銭消費貸借および代物弁済契約を締結したのであるが、被告は訴外本間の右代理権限の踰越の事実を知らず、同訴外人にその旨の代理権限あるものと信じ右契約を締結したものである。そして、訴外本間が原告から原告の白紙委任状、印鑑証明書および本件建物の権利証の交付を受けていることなどに照らし、被告が訴外本間に右のような権限があると信じたことにつき正当の理由があったものというべきである。

四、抗弁に対する原告の答弁

(一)  抗弁(一)項中、原告が訴外本間に対し、本件建物を担保に金員借入れの代理権を授与したとの点は否認、その余の事実は認める。

原告の妻芳江が昭和四二年七月一〇日訴外本間正次の妻昭子に対し一〇万円の借入れを申込み、その際、現実に本件建物につき抵当権設定およびその他の処分をしない条件で、担保として本件建物の権利証、原告の白紙委任状および印鑑証明書を交付したものであり、また原告が他から金員を借受けるについては訴外本間に対し融資先のあっせんを依頼したに過ぎないものである。

(二)  同(二)、(三)項中、訴外本間が被告から六〇万円の交付を受けたことおよび訴外本間が被告に対し、登記済権利証、原告の白紙委任状および印鑑証明書を交付したことは認めるが、その余の事実は否認する。

すなわち、被告は自己の営業資金の借入れを訴外本間に申込んだが、訴外本間に自己資金がなかったところから、融資先として訴外早川澄を紹介し、且つ同訴外人に対する担保として利用させるため、原告から預っていた前記権利証等を被告に貸したものであり、また被告が訴外本間に交付した六〇万円は、被告の訴外本間からの借受金一〇万円、訴外山田由蔵からの借受金二〇万円、訴外石川真平からの借受金三〇万円の各弁済のためのものである。

(三)  同(四)項中、被告が訴外本間から預った本件建物の権利証、原告の白紙委任状、印鑑証明書を用いて本件建物につき前記のとおりの登記を経たことは認めるが、その余は否認する。

(四)  同(五)項は争う。

かりに、原告が訴外本間に対し、被告主張のような金員借入れの代理権を授与したことがあるとしても、被告が訴外本間に被告主張のような約定をなす代理権があると信じたことに過失があったから、表見代理は成立しないというべきである。

すなわち、本件建物は原告が家族と共に現に居住する建物であるから、これに抵当権を設定するというのであればともかく、わずか六〇万円の借受金のため代物弁済により他に所有権移転をするということは原告にとって相当重大なことである。従って、被告としては、当然被告主張の代物弁済契約を締結するに際しては、原告本人にこれを確かめるなどの調査をすべきであり、この点について何らの調査もしなかったことは被告の過失というべきである。

第三、証拠≪省略≫

理由

本件建物が原告の所有であったこと、本件建物につき昭和四二年一〇月九日東京法務局北出張所受付第三六六四五号をもって被告を取得者とする代物弁済を原因とする所有権移転登記がなされていることは当事者間に争いがない。

そこで、被告の抗弁について判断する。

≪証拠省略≫によると、被告は妻の訴外高野茂を通じ、昭和四二年八月一二日頃、訴外本間正次から、登記申請手続に必要な本件建物の権利証、原告の白紙委任状および印鑑証明書を呈示されたうえ、「原告より建物増築資金の借入れを依頼されているので本件建物を担保に是非一〇〇万円を融通して貫いたい」旨言われ、金員の借入れの申込みを受けたこと、その際、被告は手持資金がなかったが、当時被告が代表取締役をしている有限会社高政商店が訴外本間に対し相当金額の債権をもっていたところ、同訴外人から借受金一〇〇万円のうち六〇万円だけ渡して貰えば残余を同訴外人の右債務の弁済に充当してもよい旨言われたので、本件建物を再担保にして訴外早川澄から融資を受けて原告に貸付けることを承諾したこと、そこで、被告は訴外本間から、被告に本件建物を担保に金借することにつき一切の権利を委任する旨記載した同訴外人の委任状および本件建物の権利証、原告の白紙委任状、印鑑証明書の交付を受け、同月一四日訴外早川に右書面を交付して本件建物を担保に供することを条件に一〇〇万円の借入れを申込み、同日同訴外人から一〇〇万円の借受けをし、その元金額から前利息七万五〇〇〇円を控除した九二万五〇〇〇円を受領のうえ、訴外本間に対し弁済期日を同年九月二八日と定め原告に対する一〇〇万円の貸付けとして右金員のうちから六〇万円を交付し、残余を右訴外人に対する前記会社の債権の弁済に充当したこと、次いで、被告は同年一〇月四日訴外早川に対する前借受金の弁済をして同訴外人から本件建物の権利証、原告の白紙委任状、印鑑証明書の返還を受けたこと、その直後被告は訴外本間に対し原告に対する前記貸付金の支払を催告したがその返済がないので、同月九日、右権利証、原告の白紙委任状、印鑑証明書を用い本件建物につき右貸金に対する代物弁済を原因として、被告を取得者とする所有権移転登記手続をし、その旨の登記を経由するに至ったこと、なお、訴外本間が被告に対し、本件建物につき設定した担保権の内容および実行方法は、債権者である被告の選択にまかしたものであることが認められ、≪証拠判断省略≫、また≪証拠省略≫によると、訴外本間は当時自己の名で手形、小切手を振出し得ない信用状態となっていたところから、被告から訴外有限会社高政商店の小切手を利用させて貰って金融取引をしたり、また被告に被告の名で他から金借して貰ったこともあることが認められるから、訴外本間が直接訴外早川に金員借入れの申込みをしなかった事実は、前記認定を妨げることにならないし、他に前記認定を左右する証拠がない。

次いで、原告が訴外本間に対して本件建物を担保に他から金借することの代理権を授与した事実があるか否かについて検討するに、原告が訴外本間に本件建物の権利証、原告の白紙委任状、印鑑証明書を交付した目的については原告の主張自体明確を欠き、この点についての≪証拠省略≫もそれぞれ喰い違っているのであるが、原告が訴外本間に対し、本件建物につき担保権設定の登記手続に必要な右権利証等の書類を交付している事実に≪証拠省略≫を綜合すれば、原告は訴外本間に対し、その借受金を原告自らが利用するためか或いは同訴外人に利用させるための何れであるにしろ、本件建物を担保に供して他から金借することの代理権を授与したものであることを認定することができ(る。)≪証拠判断省略≫そして、通常金融取引において、不動産を担保に金員の貸借をするにおいては、必ずしもその担保方法が抵当権のみに限定されておらず、譲渡担保或いは停止条件付代物弁済の方法による場合も少くないのが実情であることに照らしみれば、他に反証のない限り、原告が訴外本間に対し、右代理権の授与するに当り、本件建物につき通常金融取引においてなされている右担保方法のいづれを認定するかは同訴外人の選択にまかしたものと推認すべきであるところ、≪証拠省略≫中、原告が訴外本間に右権利証等の交付するに当っては、本件建物につき現実に抵当権その他いかなる担保権の認定もしないことを条件としたものである旨の証言部分は、経験則に照らしてたやすく措信し難く他に右認定を左右する証拠がない。

そうすると、本件建物の所有権は有効に被告に移転したものというべく、従って、本件建物についてなされている前記所有権移転登記も実体の権利の伴わない無効のものでないことは明らかである。

よって、原告の請求は理由がないので失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柿沼久)

<以下省略>

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